飯盛神社(いいもりじんじゃ)- 福岡市

概要

福岡市西区の飯盛山に鎮座しており、貞観元年(859年)に創建され、旧早良郡7ヵ村の一帯で信仰を集めていたと言われる有力な神社です。
昔は上宮・中宮・下宮があり、飯盛山全体が神域とされていたそうです。

由緒等

「天孫降臨の時、天之太玉命、この地を定めて伊弉册大神、外、二神を祭り、国土開発むすびを給う。神功皇后、三韓を平伏し凱旋の折、当宮の伊弉册大神と相対し、若杉山に伊弉諾大神を斎き給ふ。
文徳天皇の霊夢に依り、清和天皇が貞観元年(859年)七月三日、御託宣、勅使として和気清友、下向し、飯盛山山頂に上宮を建て、伊奘冉尊を祀り、中宮を建て、五十猛命を祀り、下宮を今の地にて祀る」
と、下宮の神社脇の石碑にあります。

御祭神

伊弉册大神(いざなみおおかみ)
天照大神(あまてらすおおかみ)
月読大神(つくよみおおかみ)

御利益

縁結び

お祭り

粥占貝嘗祭(かゆうらかいなめさい)
福岡市無形民俗文化財指定
2月14日。大根・人参・牛蒡を皮剥、白米を炊き鯛を添えて、三膳供えます。これは、早稲・中手、奥手を表します。
雌雄鮑の貝殻を杯として御神酒を酌み交わした後に、粥を炊きます。明朝未明に、三杯の粥を神前奥に供えます。

秋季大祭流鏑馬式(しゅうきたいさいやぶさめしき)
福岡市無形民俗文化財指定
10月9日。飯盛神社の秋季大祭において、五穀豊穣・武運長久・無病息災を祈って行われてきた伝統行事です。
本行事は飯盛神社伝来の元亀4(1573)年の古文書にも見られ、近世地誌類にも記されており、天保9(1838)年の伝書も残されています。射手については伝来氏子中の騎射を業とする家が勤めていましたが、現在も射手の中心となる家は数代にわたり流鏑馬を継承しています。
氏子中から、かつての早良郡7ヶ村の惣社である飯盛神社に奉納された形態が残された行事であると言えます。

境内の様子









神社へのアクセス

西鉄バスをご利用の場合
「飯盛神社前」バス停から徒歩5分

〒819-0037 福岡県福岡市西区大字飯盛609