伊野天照皇大神宮(いのてんしょうこうだいじんぐう)- 糟屋郡

概要

「九州の伊勢」と呼ばれ、神殿や建物の配置も伊勢神宮を模して築造されました。境内の近くを流れる猪野川(いのがわ)には、夏になると涼を求めて多くの人が訪れます。

由緒等

ここに鎮座せざるゝ伊野天照皇大神宮は、その縁起をたずねるには草創は極めて遠く、日本書紀によると神功皇后香椎の宮に御幸臨の砌、仲哀帝の九年三月(紀元二〇〇年)皇后小山田邑の斎宮に入り、自ら神主となり天照大神(撞賢木厳御魂)の霊をお祭りになったと記されてある。
降って、陽成帝元慶元年十二月一五日(紀元八八七年)筑前天照神に授位のことが三代実録に見えている。
往昔、この宮は南古宮大神宮として祭られてあったが旧記によれば武将の信仰厚く、北條時宗、菊池武重、織田信長、立花道雪、小早川隆景等は、各難局に際して奉幣し或は社領を奉納するなど敬意を表したと云う。
次で、慶長年間(紀元一六〇一年)黒田氏福岡に入封後代々藩主崇敬厚く、二代藩主忠之は、神主、工匠を伊勢に派遣して、伊勢神宮の工法を学ばせその秘法を授かった。斯くて伊勢の例にならい二十年毎に式年遷宮を行うことになった。
その神幸には、筑前一円の大庄屋、庄屋が参列し一国を挙げて盛大無比の一大絵巻が繰り展べられたと云う。
後に、六代藩主継高の時天和三年(紀元一六八三年)に此の社地に社殿を移築して益々祭祀を手厚くしてその五穀成就祈禱礼の如きは、藩内各村々に行渡り広く庶民に敬仰されたことは記録に詳らかである。
(境内の掲示板より)

御祭神

天照大神(あまてらすおおかみ)
手力雄神(たぢからおのかみ)
萬幡千々姫神

御利益

子孫繁栄
技芸上達
五穀豊穣
安産

境内の様子




岩井の滝。

拝殿。

摂社、末社。

神社へのアクセス

糟屋郡久山町猪野604